日出(暘谷)城址


日出城(暘谷城)は日出藩初代藩主、木下延俊が慶長六年(1601年)に細川忠興の援助で築城しました。
暘谷城の名は「日は暘谷より出でて咸池に入る」という言葉から引用して命名したと伝えられています。
昔は天守跡に三層の天守閣がそびえてりましたが小学校拡張により移転しました。

日出小学校は明治6年本丸の建物の払い下げをうけて暘谷小学校が開設されたのが始まりで
明治三十年小学校令によって暘谷尋常小学校となりその後日出小学校となり今日に至っています。

本丸下の海岸は俗に「城下海岸」と呼ばれ、ここから望める別府湾の風景は絶景との評があり
別府八景、大分百景の一つともなっています。
 町指定「史跡」 昭和25年10月17日)

− 案内板より −

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